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違う問題から答えを探すのはずるい?

こんにちは。奈良県の広陵町にある陽塾の代表・原田基生です。

先日の授業中、テキストの中のある問題を演習させたときのことです。

その日の授業内容は以前習った単元の復習でした。問題の形式は文章中のカッコに適語を入れる「穴埋め問題」で、以前の授業で習ったことを覚えていればできる問題でした。
ただし、最後のカッコは少し難しい内容でした。
わたしは多くの子が忘れていて、クラスの中で覚えている子は一人いるかいないかくらいだと思っていました。

問題の解説のとき、最後のカッコに正しい答えを書けたかどうかを聞いてみると、何とクラスの半分くらいの子が正解していました。
「え?すごいやん!」
わたしは少し感動して言いましたが、正解した子たちの表情が何かビミョウです。
「どうしたん?」
すると、正解した子のうちの一人がぼそっと言いました。
「となりのページに答えが書いてありました・・・」
何と演習させていた問題のとなりのページにその問題の答えとなる語句が書いてあったのです。
わたしもそのことを見逃していて、問題以外の箇所を見てはいけないとは言っていませんでした。

できなかった子たちからは一斉のブーイングです(笑)
「せこいわ!」
「ひきょう者!」
「お前ら心が汚いわ!」
えらい言われようです(笑)

確かに一見ずるいことのように見えますが、わたしは個人的にはそうは思いません。
模範解答やとなりの子の答えを盗み見て答えを書いたわけではありません。子どもたちは同じ条件のもとで問題を解いているわけで、どの子のテキストにもとなりのページに答えが書いてあるのです。
むしろ「正答を何とかひねり出す」という執念のようなものがとなりのページの正解を見つけたとも言えます。

こういうことは邪道であり、ウラ技です。
しかしそれは「ねばり」の一種だとも思うのです。

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